脱ステロイド、脱保湿、脱プロトピック療法 を行っている佐藤健二先生のブログ
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アトピー性皮膚炎で初めて阪南中央病院皮膚科を受診される患者様へのお願い
 阪南中央病院皮膚科の朝の外来終了時間が、遅い場合には午後4時を超えることもあります。このため、診察待ち時間が非常に長くなっております。診療の質を下げずに診察待ち時間を短くするために、阪南中央病院皮膚科を初めて受診されるアトピー性皮膚炎患者様に以下のご協力をお願いいたします。
 お願いの内容:アトピー性皮膚炎の経過をB5判(18x26cm)の紙1枚程度にまとめて書いてきてください。経過の中に含んでいただきたい内容は、① 時期(3−6歳など)、② 皮疹の場所(顔、首、肩、肘の内側、膝の裏側など)、③ 治療内容(ステロイド、プロトピック、保湿剤などの種類と一日の外用回数など)です。④ その他特に述べたいこと、です。よろしくお願いいたします。

「日本皮膚科学会アトピー性皮膚炎診療ガイドライン」批判
(1)診療ガイドラインの公表
 日本皮膚科学会は、2008年になり、初めてアトピー性皮膚炎に関する体系的な「アトピー性皮膚炎診療ガイドライン」を公表しました。翌年にはそれを改定しました。2008年までは、診断基準と重症度分類と治療ガイドラインがそれぞれ別々に発表されていました。診療ガイドラインができたことによって初めて日本皮膚科学会の考え方の全体像が分かるようになりました。従って、このガイドラインを基に、皮膚科学会の考え方の良くない点も系統的にわかるようになりました。今後、特に断らない限り、ガイドラインといえば2009年版のガイドラインのことを指すことにします(古江増隆他、アトピー性皮膚炎診療ガイドライン、日皮会誌:119、1515−1534)。
(2)ステロイド外用治療の社会的混乱を隠蔽
 1)ガイドラインに記述された外用ステロイドの副作用
 アトピー性皮膚炎患者のステロイド外用による副作用についてガイドラインの記述をまとめると次のようになります。「ステロイド外用薬の副作用」として、例外的に行われるリンデロンVの大量外用(1日20gを使い、サランラップで巻いて吸収をよくした場合)で副腎機能抑制は生じるが、「ステロイド外用薬を適切に使用すれば、日常診療における使用量では、副腎不全、糖尿病、満月様顔貌などの内服薬でみられる全身的副作用は起こり得ない」。局所的副作用として「ステロイド痤瘡、ステロイド潮紅、皮膚委縮、多毛、細菌・真菌・ウイルス性皮膚感染症などは時に生じうる」。ステロイド外用薬の使用後に生じる色素沈着は皮膚炎による色素沈着であり、ステロイド外用によるものではない。ステロイド外用薬によるアレルギー性接触皮膚炎も起こる、と。
 2)酒皶様皮膚炎を除外すべき診断に入れず
ここまでの副作用に関する記述は、炎症後の色素沈着がさざ波様になることについてはステロイドの影響もあると考えるべきである点を除けば間違いではありません。しかし、皮膚科学会会員の中でも知名度の高い酒皶様皮膚炎は上記記述の中に含まれていません。酒皶様皮膚炎は、ステロイド薬を顔面に外用することにより生ずる医原性の病態、ステロイド酒皶であることは周知のことですし、外用ステロイドの副作用として命名された疾患です。このステロイドの局所的副作用の病態がタクロリムス軟膏(プロトピック軟膏のこと)の外用によっても起ることが後に分かりました。しかし、外用剤の副作用としての酒皶様皮膚炎をタクロリムスの局所的副作用としてのみ挙げているのです。2009年版ガイドラインでは、稀の稀の稀にみられるような珍しい疾患を「除外すべき診断」の中に新たに入れていますが、2008年版と同じく、広範に生じている酒皶様皮膚炎を「除外すべき診断」に入れていません。
3)酒皶様皮膚炎は顔面のステロイド依存性皮膚症
酒皶様皮膚炎では、ステロイド外用を続けていれば顔面の皮膚はある程度安定した状態を保ちますが、中止によって激しい離脱症状が起り、その後で良くなる、というステロイド外用剤に対する依存状態を示します。だから、酒皶様皮膚炎は顔面に限られたステロイド依存性皮膚症と言えます。アトピー性皮膚炎では全身に皮疹が出現することも少なからずあり、ステロイド外用が全身に及ぶ場合もあります。全身外用の場合も、ステロイドを止めなければ皮膚はある程度安定した状態が続きますが、中止によって全身に激しい離脱症状が起り、その後で良くなるということが起こります。従って、アトピー性皮膚炎の場合、長期間継続して(乳幼児の場合は一カ月以内でも起こります)ステロイド外用剤を塗っていて、ステロイド外用を中止しようとすると悪化してステロイドを止めることのできない時は、顔面に限らず外用部位全体が酒皶様皮膚炎、すなわちステロイド依存性皮膚症になっていることになります。
4)「局所的副作用」の「ステロイド潮紅」とステロイド依存性皮膚症
 ガイドラインでは、「局所的副作用」として「ステロイド潮紅」を認めています。しかし、「近年しばしばみられる成人患者の顔面の紅斑性病変の多くは,掻破などを含むステロイド外用薬以外の要因に起因するものではあるが,局所の副作用の発生には注意が必要な部位であり,処方に当たっては十分な診察を行う.」(p1525右段)と述べるにとどまり、顔面の紅斑性病変についてステロイド外用の局所的副作用として認めないような表現です。また、「局所的副作用」の「ステロイド潮紅」などは「時に生じうる」程度であり「中止あるいは適切な処置により回復する.」(p1526左段)と記述しています。酒皶様皮膚炎の場合は、ステロイド中止後に激しい離脱症状が出現しますので、ここでは酒皶様皮膚炎、すなわちステロイド依存性皮膚症は全く考慮の対象となっていません。しかし、「局所の副作用の発生には注意が必要」であるならば「ステロイド外用薬以外の要因に起因するもの」と「局所的副作用」としての「ステロイド潮紅」をどのように鑑別するのかを明確にさせる必要があると思われます。この鑑別方法は何処にも記述されていません。
5)全国調査の成人アトピー性皮膚炎患者
「2007年に実施された皮膚科受診患者の多施設横断全国調査では,本症の受診患者は0〜5歳と21〜25歳をピークとする2相性の分布を示し,46歳以上の患者が全体の9.64%を占めており,日常の診療では幅広い年齢層の患者が対象となることが示された.」と述べ、増加している思春期以降のアトピー性皮膚炎患者を普通のアトピー性皮膚炎患者として扱っています。脱ステロイドを希望する患者は特にこの年齢層で多く、この人々はステロイド外用を続けていれば徐々に必要量は増加しますが皮疹はかなり安定しています。しかし、ステロイド外用を中止すると激しい離脱症状を示して皮疹が消失していきます。この人々はステロイド依存性皮膚症を有しています。プロトピックを外用している人々も同じような依存性が存在します。もちろん幼小児でもステロイドやプロトピックを外用している人では同じ依存状態のアトピー性皮膚炎患者は多数います。ガイドラインはこのことに何も触れていません。
6)ステロイド依存性皮膚症の存在を隠したがっている
以上見てきたように、酒皶様皮膚炎を「除外すべき診断」の中に入れないだけでなくステロイド外用剤の顔面の副作用としてもガイドラインに記述していないこと、ステロイド外用中の患者がステロイド外用を中止した場合には激しい離脱症状の出現することが記述されておらず「中止あるいは適切な処置により回復する」と簡単な記述で済ましていること、成人アトピー性皮膚炎患者をその他のアトピー性皮膚炎患者と区別せずに記述していること、「ステロイド外用薬以外の要因に起因するもの」と「局所的副作用」としての「ステロイド潮紅」をどのように鑑別するのかを記載していないことは、アトピー性皮膚炎患者の外用部位全体にステロイド依存性皮膚症が生じていることを認めたくないことから起ってきています。
 アトピー性皮膚炎の治療に関して、日本において、依然としてステロイドやプロトピックの外用が大きな問題として厳然として存在しています。科学者でありアトピー性皮膚炎患者でもある人の苦しい自伝とその人も参加して行った1000人を超えるアトピー性皮膚炎患者についての調査結果が出版され、真摯な姿勢が貫かれた内容であるため広範に読まれています(安藤直子著、アトピー性皮膚炎 患者1000人の証言、子供の未来社、2008年)。ガイドラインの中にはこのような問題について一言も触れられていません。それどころか「Ⅰ.はじめに」の中には「その炎症に対してはステロイド外用薬やタクロリムス軟膏による外用療法を主とし」と述べ、ステロイド治療について全く反省する意思の無いことを明確にしています。
 7)ステロイドの有効性と安全性は保障されているのでしょうか?
 問題を正面から提出してみましょう。「アトピー性皮膚炎患者に対する長期にわたるステロイド外用剤の有効性と安全性は証明されていますか?」です。具体的に言えば質問はこうなります。「生まれてすぐから20年の間ずっとステロイドを付け続けているのですが、今後もステロイドを塗れば副作用もなく治るのでしょうか?」です。答えは「否」です。それはガイドライン自身がそれを吐露しています。「アトピー性皮膚炎の炎症を十分に鎮静しうる薬剤でその有効性と安全性が科学的に立証されている薬剤は,ステロイド外用薬とタクロリムス軟膏である.」を保証する文献をガイドライン中に示しえていません。ガイドラインなどの重要な文献において、主張すべき内容に関する引用文献の無いことは証明ができていないことを意味します。日本皮膚科学会が強調する「エビデンス」を問題にすれば、ステロイドやプロトピックの有効性と安全性を証明するエビデンスはないと言わざるを得ないのです。ガイドラインの薬物療法の第一番に記述されている薬物についてその根拠が示しうる文献がないということは信じがたいことです。
8)脱ステロイド治療に根拠はないのでしょうか?
 ガイドラインは、脱ステロイド療法と特定して述べてはいませんが、引用文献から判断すれば、この療法は「科学的に有効性が証明されていない」と断定しています。しかし、脱ステロイド療法は1979年には欧米で十分知られ、論文にもなっているものなのですから、エビデンスは存在するのです(Kligman AM, Frosch PJ, Steroid addiction, Int J Dermatol 1979; 18: 23-31)。日本でも文献は存在します(玉置昭治他、成人型アトピー性皮膚炎の脱ステロイド療法、日皮アレルギー 1993; 1: 230-234)。論文数が少ないあるいは知名度が少ないのは、この療法が知れ渡ると不利益を被る人が非常に多いので、その人々をバックにして知名度が上がらないように配慮されているためです。しかし、問題があまりに大きいので、その分研究が進み、非常に詳細な治療方法も明らかになっています(佐藤健二著、患者に学んだ成人型アトピー治療 脱ステロイド・脱保湿療法、つげ書房新社、2008年)。ガイドラインは、ガイドラインが批判している相手である脱ステロイド療法より優れていることを証明し得ていないことは明白です。
 9)プロトピック(タクロリムス)を高く評価する間違い
 現実の医療の現場では、皮膚科医はプロトピックを使う時に「ステロイドのような副作用の無い薬」を「副作用の無い薬」と少し省略して患者に説明して使用の承諾をもらうようにしています。許しがたいひどい省略です。薬の能書きには、動物実験において悪性リンパ腫の増加が認められ、人間でも悪性リンパ腫、皮膚癌の発現が報告されていることを患者に説明してはじめて使用することになっているのです(能書きではわざわざ「悪性リンパ腫」と記さずに、「悪性」を抜かして「リンパ腫」と記しています)。
 タクロリムスの内服薬(ネオーラル)は、臓器移植や骨髄移植の時に生じる移植免疫反応、すなわち拒絶反応を抑制するための非常に強い薬です。本来、自然に治るような病気に使うべき薬とは到底思えません。しかし、ガイドラインは有効で安全と言い切っています。そして副作用がないという短期の調査結果を示す文献を紹介しています。しかし、この薬の使用が発癌に対して安全であるというためには、何十年という期間の追跡調査が必要です。少数例の追跡調査は行っているようですが、この薬を使用するすべての子供たちに対してこの調査が行われるべきだと考えます。
 なお一言付け加えますと、プロトピックは、ステロイド外用剤で効果が不十分であったり副作用でステロイドが使えない場合に初めて使用するべきと説明されています。このことは、ステロイドで効かない症例のあることを日本皮膚科学会は認めたことなのですが、これについてはできるだけ目立たないようにしています。
 10)その他のガイドラインの問題点
 社会的問題以外についても、本ガイドラインには、個々の項目について問題点を指摘できます。そのいくつかを列挙しますと、診断基準において年齢に対する配慮が不足していること、診断の参考項目を実際の診断においてどのように利用すべきかを指示していないこと、重症度分類における各皮疹の治癒過程における位置づけが欠如していること、ステロイド外用中に効果の出なくなった痒疹対しては脱ステロイドが絶対的な適応になるにもかかわらずステロイド外用以外に効果がないなどの間違いが入っていることです。またステロイド外用による皮疹の変化や病状の変化を一切考慮していないことです。アトピー性皮膚炎本来の皮疹の悪化であるのか、治療に用いている薬剤すなわちステロイドやプロトピックの副作用による皮疹であるのか、を考慮していないことです。
 11)ガイドラインの歴史的有用性はあるのでしょうか?
治療方法が治療対象臓器に対して非常に強力に作用する場合には、対象臓器の正常な働きを大きく変えてしまうことが起こりえます。ステロイド外用剤はそのような強力な薬です。アトピー性皮膚炎ではほとんどすべての患者がステロイドで治療されています。アトピー性皮膚炎の炎症に対するステロイドの作用の他に、正常に機能している皮膚そのものにも強力に働いて正常な皮膚も変化させます。すると病像は大いに変化します。変わった病像を正確に評価し、変わったことに対処するためにアトピー性皮膚炎に対する治療医学は変化しなければなりません。治療方法を含め社会環境が時代とともに変われば治療の対象となる患者の病像も変わり、医学も必然的に変わらざるを得ませんから、特定のガイドラインについても歴史的な意義や有用性が問題となります。ガイドラインはこのような視点では全く見ていません。また、ステロイド治療についても反省していません。このようなガイドラインの歴史的な有用性はほとんどないだけでなく、時代に取り残され有害にさえなっています。ガイドラインは根本的に見直す必要があります。
(3)アトピー性皮膚炎の原因をアレルギーとあまり考えていないこと
 ガイドラインで注目すべきは、アトピー性皮膚炎がIgEアレルギーによって起こってきているということをあまり断定的に述べていないことです。しかし、この点についてももっと真剣に考察し、しっかりとした見解を出すべきでしょう。なぜなら、幼小児アトピー性皮膚炎治療におおけるIgE食事アレルギー説の弊害を克服する必要があるからです。

アトピー性皮膚炎の原因についての試論
2010.6.6
1.はじめに
 この試論の出発点は、1995年9月26日に行った愛知県医師会の健康教育講座で一般人向けに話したのが初めてです(健康教育講座講演集(14)号、25-48頁,平成9年3月31日発行)。その中では、以下の内容の重要な点がほぼ出ています。重要な点を述べる前にこのように述べています。「今回アトピー性皮膚炎の治療ということでお話しさせていただくことになりましたが実際によく考えてみますと、非常に難しい内容だなあと後になって気づきました。おそらく学会かなんかで流行の学問の話をするのでしたら、難しい単語、難しい内容をしゃべれば適当に誤魔化すことができると思うんですけれども、一般の方々の場合は一番本質的な質問をおそらくされるだろうなと考えました。そうしたら、これはえらいことを引きうけてしまったと思って必死になって自分なりに考えた結果をお話しするということになりました。−−−今色々言われている学説についていくつか問題がありますのでそれをお話しして、その後で私自身のアトピー性皮膚炎に対する考え方、これは今まで誰も言ったことのないような内容になると思います。‐‐‐私自身のアトピー性皮膚炎のとらえ方についてようやく出した結論を話します。考えた一番大きな問題点はアトピー性皮膚炎というのは成人になるとほとんど湿疹が起こらなくなるということです。」と。
 重要な内容は「患者に学んだ成人型アトピー治療、脱ステロイド・脱保湿療法」(つげ書房新社、2008年、佐藤健二著)の第16章 アトピー性皮膚炎の学説、2.アトピー性皮膚炎は「皮膚の適応性増殖調節不全症候群」?(131-132頁)、の中で述べられています。
 このブログのひとつ前に書きました東京大学皮膚科教授の佐藤伸一先生の説(atopic ホームページ、佐藤先生のブログ:2010年4月24日、新しい東大皮膚科教授が考えるアトピーの原因)は、皮膚の異常で説明しようとする点は正しいと思いますが、成人になったらなぜ湿疹が起こらなくなるかという点について述べられていません。講演された後、この点を東京女子医大の川島先生が「突っ込み」の質問をされています。この点を解決できるのは成長を考慮した学説以外にはないと思います。
 少し難しい内容ですが、じっくりと検討していただければ嬉しいです。
2.試論
 日本皮膚科学会はアトピー性皮膚炎の原因は示していません。「アトピー性皮膚炎の原因は何ですか?」の質問に答えるには、まず「アトピー性皮膚炎」の定義をする必要があります。対象が明確にならなければそれの原因も明確になりません。
(1)日本皮膚科学会のアトピー性皮膚炎(AD)の定義
ガイドラインによると定義:は、「増悪・寛解を繰り返す、瘙痒のある湿疹を主病変とする疾患であり、患者の多くはアトピー素因を持つ。」(下線筆者)と記されています。下線部では時間経過を示していますが、乳児から成人に至る成長過程での皮疹の変化を含んでいないことに注意してください。
病態についてガイドラインは「表皮、なかでも角層の異常に起因する皮膚の乾燥とバリアー機能異常という皮膚の生理学的異常を伴い、多彩な非特異的刺激反応および特異的アレルギー反応が関与して生じる、慢性に経過する炎症と瘙痒をその病態とする湿疹・皮膚炎群の一疾患であり、患者の多くはアトピー素因を持つ。アトピー素因とは、①家族歴・既往歴(気管支喘息、アレルギー性鼻炎・結膜炎、アトピー性皮膚炎のうちいずれか、あるいは複数の疾患)があること、または②IgE抗体を産生しやすい素因をさす。」と記述しています。実験で出てきた結果をまとめて述べていますが、これまで蓄積されてきた長い臨床経過についてはほとんど無視しています。
(2)ADを他の疾患から区別する特徴
ある疾患を他の疾患と区別する方法は、多くの症例の中で特定の患者群に共通で他の患者群とは違う一連の症状を認識することです。ADの定義を考えるにあたって注意すべきことは、勿論全ての疾患で言えることですが、新しく分かってきた検査やその値の取り扱いについて、それまで経験的に集められてきた臨床的観察の中にどう位置づけるかが大変重要だということなのです。検査で分かってきたことからその疾患の本質を組み立てようとすると、検査が疾患の全体像を代表していない限り疾患全体のごく一部しか表現していない可能性が高いため、疾患の概念をごく偏ったものにする危険性があるからなのです。長期にわたって積み重ねられてきたアトピー性皮膚炎の基本的な特徴は次の4項目に絞ることができると思います。
1)乳児から成人に至る成長過程で皮疹発生部位や皮疹形態が変化します
 乳児期には顔面、頭部、上胸部に湿ったビラン面の多い皮疹が出現し、概ね2歳頃までにいったん消失します。小児期は肘や膝の伸側にジクジクする滲出性の紅斑や丘疹が出現し、徐々に肘窩膝窩の苔癬化局面が目立つ皮疹へと移っていきます。思春期に再び一時的に症状が強くなり、肘窩膝窩に漿液性丘疹が混在する乾燥した苔癬化がよく目立つ皮疹となります。このように成長の時期によって皮疹の特徴は異なりますが、アトピー性皮膚炎で最も特徴的な皮疹は肘窩膝窩などに出現する苔癬化局面であります。
 (一部の皮疹では真皮成分の増殖の強い場合もありますし、白色皮膚描記症のように血管の異常も含まれることもあります。真皮での変化の意義については今後の検討課題としたいと思います)
苔癬化の病理組織像は、表皮突起の延長と真皮乳頭層上の表皮の肥厚です。表皮突起の延長をきたす他の疾患に尋常性乾癬があります。尋常性乾癬との違いは、尋常性乾癬では表皮突起の延長はありますが、真皮乳頭層の延長が起こると共に真皮乳頭層上の表皮は菲薄化していることです。アトピー性皮膚炎でも表皮突起の延長はありますが、真皮乳頭層上の表皮は肥厚しており、尋常性乾癬の表皮突起の延長の性格とは異なります。尋常性乾癬では表皮細胞の自発的増殖があります。アトピー性皮膚炎の場合は掻破による受動的表皮増殖です。病理組織学的には神経皮膚炎(ヴィダール苔癬)は、限局性のアトピー性皮膚炎と考えることができます。
アトピー性皮膚炎の病理組織像がⅣ型アレルギーに似ているので、IgEにⅣ型アレルギー的働きを期待する考え方があります。一次刺激性皮膚炎とアレルギー性皮膚炎との病理組織学的違いは、一次刺激性皮膚炎では炎症のごく初期に好中球の浸潤があるだけで、それ以後は区別がつきません。だから、リンパ球が表皮や真皮に多数存在することだけからⅣ型アレルギー説を出すのは軽率であるように思います。
2)アトピー素因が血族者に多くみられます
アトピー素因が血族者に多くみられますので、AD患者はⅠ型アレルギー現象を持ちやすい遺伝的特徴を有することは間違いないと思います。しかし、IgEのⅠ型アレルギーがアトピー性皮膚炎の原因であるという説については次のような矛盾があり、納得できません。矛盾の基本は、IgE値高低と症状の強弱が並行しないことです。具体的には次のことです。
①IgEを遺伝的に産生することができない患者でも発症
②IgEの産生が始まるか始まらないかの生後2カ月頃から発症
③IgEの値が正常でも発症
④IgEは症状の悪化時には高値を示しますが、適切な治療をすれば高値でも湿疹は良くなります。皮疹が良くなった後しばらくしてIgEの値が低下します。(IgEの血中半減期が2−5日であることを熟考すべきと思います)
ステロイドを子供の時に使うと抗原に対するトレランス発生を妨害するのでアトピーが悪くなるという説は、結局IgEアレルギーが皮膚障害を起こすという説ですので間違いと思います。
3)皮膚は乾燥します
 セラミドの減少やフィラグリン遺伝子の異常など皮膚の乾燥と関連のある機構が分かり始めています。しかし、成長とともにこの症状も軽くなります。皮膚の乾燥は瘙痒を起こし、掻破による皮膚障害を起こします。
4)痒みが強い疾患です
 痒みが突発する特徴もあります。抗ヒスタミン剤が止痒に効く程度は少ないというADの痒みの特徴があり、ヒスタミンによる痒みの成分が少ないことが一般的に認められています。痒みには中枢性のものもあり、後述する(3.の3))ステロイドの中枢作用にも注意すべきと思います。
 以上の4つがADの主要な特徴と考えることができます。そして、この中で最も特徴的であると考えるのは肘窩膝窩の苔癬化局面です。すなわち、掻破による表皮の肥厚が最も大きな特徴と考えます。
(3)アトピー性皮膚炎の病態生理
1)皮疹発生部位や皮疹形態の変化と身体成長曲線の相関
これらの特徴をうまく説明できる病態発生理論を考えていた時、全く偶然でしたが身体の成長曲線の動きと相関していることに気付きました。特に成長曲線の微分値(成長速度の速さ)の図が最も明瞭でした。すなわち、2歳頃までに急激な成長が終わり、2歳から思春期までにはだらだらとした成長速度の減少があり、そして思春期に一時的に成長が早くなって成人で成長が止まる、という変化です。
体が大きくなるにつれて皮膚は成長しなければなりません。2歳までの皮膚は、体の成長が極めて速いため皮膚の増殖が追いつかず、皮膚は軽度に障害された状態となります。この障害が治る時に、瘙痒あるいは瘙痒誘発因子が出現して掻破してしまいます。これに加えて、掻破による皮膚の削り取りを補うための増殖も上手くできないため、更に悪化します。しかし、2歳になる頃には体の成長速度が急速に低下し、皮膚の増殖能力が不十分でも体の成長についていけるようになり、皮膚は改善することになります。乳児では、頭部と上胸部が最も成長率が高いので、ビラン性、湿潤性皮疹が顔面、頭部、上胸部に発生することが理解できます。下肢などでは、増殖が追い付かず乾燥性湿疹のような亀裂が見られることもあり、痒みを起こします。
 2−3歳頃は体動が増え始めるため体の伸側が擦過されるようになり、このような皮膚の剥奪に慣れていないための増殖不全が起こり、肘や膝の伸側に炎症が起こります。2歳以降は増殖速度が落ちますが、思春期に向かって少しずつ速くなっていきます。この間、体全身が概ね同じように成長します。年齢が高くなるにつれて肘窩、膝窩、頚部、手関節、足関節などに典型的な苔癬化が出現します。これらの部位は良く動く関節部位です。関節部の増殖調節は他の部位よりも難しいと考えられます。例えば次のことはご存じでしょう。ストッキングをはいた膝の関節部分は、曲げるとできるだけ縮小しようとし、関節屈側部に空間ができます。皮膚も体から切り取れば収縮します。しかし、実際に膝を曲げても関節屈側部には空間形成は起こりません。ここには微妙な調節機構があるはずです。
思春期では体全体が急激に伸びますがその速さは乳児期ほどではありません。そのため、小児期の症状、関節部に症状が強く出る形となります。
 思春期が過ぎればADはほとんどなくなりますが、このことは体の成長が終わることで説明できます。しかし、皮膚は生涯増殖し続けますので、この増殖による悪化の可能性すなわちアトピー性皮膚炎の症状が少しは残ることは考えられます。皮膚を含め体には代償作用がありますので、皮疹が起こらなくなることは大いにありうると考えられます。
 以上の考察は細胞の数的増加のみを問題としています。
 細胞の数が減り皮膚を増殖させなければならない時に皮膚が悪化するのなら、お風呂で皮膚をよく洗うことは皮膚を削り取ることになり、アトピー性皮膚炎を悪化させる大きな要因になると言えるでしょう。風呂にあまり入らないことによって皮疹が良くなる効果は、ここの説明によって理解できるでしょう。
2)表皮細胞の質を変える増殖
表皮細胞の質を変える増殖というものは無いのでしょうか。生物の進化を考えれば、「皮膚は環境変化に対して常にその環境に適した細胞を作ろうとする」という仮説は、大いにありうると思えます。例えば、胎児が羊水中にいる時には周囲が水である状態に適した表皮細胞が存在するでしょうし、大気中に出れば空気に適した表皮細胞ができるでしょう。子供の誕生はこの変化を起こさせるはずです。事実、出産数日後に表皮は一度剥がれおちます。数日間に起こってしまうのですから、出産後の皮膚の環境への適応現象は非常に早く起こっていると考えられます。皮膚はこのようなすごい能力を持っていると考えます。
 AD患者には季節的に夏に悪化する人や冬に悪化する人や両方の季節で悪化する人がいます。春の悪化では花粉の季節であるので花粉がアトピーを悪化させるのではないかと考えやすいです。花粉症はIgEのⅠ型アレルギーです。IgEアレルギーがADと無関係であることから考えると春の悪化は花粉以外の要素を考えるべきと思います。春秋に悪化する人は次のような仮説は無理でしょうか。人間も何十万年前は有毛動物でした。犬などは春秋に毛が生え変わります。表皮細胞の増殖が起こらないとこの現象は生じません。この遺伝子の働きがまだ残っているならば、春秋に皮膚に増殖現象が起こるでしょう。増殖調節が旨くできなければ皮膚に異常をきたし痒みを起こさせても不思議ではありません。湿度が高くなる夏や湿度が低くなる冬にその季節に適した皮膚を作ろうとすると、質的に違う細胞を増殖させる必要が出てきます。この場合も同じような痒みを起こさせる状況が生まれるでしょう。以前ある所で聞いた話ですが、ネズミの生活環境で湿度を大きく変えると基底細胞の増殖が少し増えるという発表がありました。環境の変化によって細胞の増殖が起こるということを示しています。そして環境が質的に違えば、生じてくる細胞も質的に違うものが生まれてくることを十分期待できると思います。
3)アトピー性皮膚炎悪化での精神的要素
アトピー性皮膚炎が悪化する時、精神的要素のあることは古くから言われています。子供に勉強しなさいと言うとすぐ掻き始めます。恋人との仲が悪くなると皮疹は悪化し、別れると皮疹が改善した例もあります。
 長期にわたってステロイドを外用したAD患者で、成長障害、生理不順、発汗異常、乳汁分泌異常、抗利尿ホルモン分泌亢進など脳神経が関係した異常が時々認められます。他の疾患、例えば尋常性乾癬などでは聞きませんので、この現象はADにしか起こらないことだと考えられます。すなわち、ADではステロイド外用による刺激によって神経に異常が起こりうるということです。ステロイドを外用しなければこのような異常は起こりません。この異常はステロイドなどの異物による誘発的異常ですので、ステロイドを外用しなければ発生しません。また、今までの経験からすれば、皮疹が改善すればこの異常は元に戻ります。これらの異常が痒みとどのようにつながっているかは全く分かりません。
 いずれにせよ、精神神経の働きによって痒みが誘発あるいは認知されやすくなって(痒み神経の閾値低下)掻破し、皮疹を悪化させることはあるということです。しかし、精神的異常がまずあって皮疹の悪化が起こるという見解に対しては、ある精神科医に言われた言葉を記しておきたいと思います。「アトピー患者の治療(脱ステロイド・脱プロトピック・脱保湿治療)では、まず精神科的なアプローチで何とかしようとしても駄目です。AD患者は皮疹が良くなれば精神状態も良くなります。だから、まず、皮膚を良くして下さい」と。この言葉を聞いてから、まずは皮疹を良くする方法を考えるようにしました。皮疹が改善すると、患者の精神状態は確実によくなります。精神を良くするより、皮疹を良くする方が先であることが分かりました。「精神をまず変えなさい」では旨く行かず、順序は逆だとおもいます。しかし、離脱失敗に陥りやすい性格というものはあるようです。この性格が邪魔をして、するべきことができなくなり、脱ステロイド治療が失敗したことはあります。
4)ステロイド外用によるADの誘発
ステロイド外用でADを誘発することがあるかどうかについてですが、そういうことはあると考えています。ステロイド外用は、外用部位だけでなく全身の皮膚に影響を与えています。頭部の脂漏性皮膚炎で長期にステロイド外用をしている人に、それまでに出たことのないADが肘窩膝窩に出現したことは何人かで経験しています。この誘発はすべての人間に起こるのではなくて、ADの素質を持っているがそれまで出ていなかった人にステロイドを外用することで誘発されたと考えています。
 細胞の増殖との関連では、ステロイド外用による表皮委縮が何らかの情報を伝達し、増殖の異常をきたすと考えられないことはないでしょう。
(4)アトピー性皮膚炎の原因
 皮膚は、皮膚が覆う個体を守るため、皮膚が置かれる種々の環境に対してその環境に適した皮膚を作り上げなければなりません。この調節は正常人にあっては厳密に行われています。皮膚細胞が単に数的に増殖する場合や環境に適合した皮膚細胞に変わるために増殖する場合の二つの増殖で、必要な数や質を調節する機構が遺伝的に不完全であると異常が起こります。増殖調節機構の遺伝的不完全さによる皮膚障害と瘙痒の発生、掻破性皮膚障害がADの原因である。この増殖には多くの遺伝子が関与しているはずで、多因子遺伝性疾患と考えます。従って、ADは皮膚の適応性増殖不全症候群と表現できる疾患です。また、この増殖調節機構は不完全ですが、体全体の調節機構の代償作用により、時間はかかるけれども正常の皮膚に変化します。すでに述べましたが、環境の変化とは皮膚が増加しなければならない体の成長、皮膚が適応しなければならない温度や湿度の変化、反応性増殖が必要な皮膚の擦過、などです。