毎日新聞の堕落
-脱ステロイドに対する日英メディアの対応の違い-
2023年7月3日、毎日新聞朝刊の「不安社会 健康情報の代償」に脱ステロイドについて記事が載った(2023.07.03毎日新聞朝刊 不安社会 健康情報の代償)。見出しを順に載せると、脱ステロイド 妄信、アトピー治療 遠回り、「いつまで薬」やめ悪化、標準治療戻り 克服、副作用の誤解 今も、使い方 指導に課題 とある。
一方、イギリスでは、全く偶然に同日ガーディアン紙に、以下の記事が載った。「私の外用ステロイド離脱:水は酸のように感じ、体は燃えるようで、蛇のように脱皮した」
毎日新聞は、現在も続くアトピー性皮膚炎治療の混乱を患者の妄信(もうしん:わけも分からずに、ただ信じこむこと:新明解国語辞典、三省堂)のせいにしている。それを起こしているのは、ずさんな医療を行っているにもかかわらず人受けのいい「脱ステロイド」を提唱する脱ステロイド医師の存在である、としている。しかし、脱ステロイドで良くなった人が多数いることには口をつぐんでいる。2021年9月に民放テレビが放送した内容はステロイド外用で悪くなった皮膚がステロイドを止めれば良くなったことを示しただけであるにもかかわらず、良くなった事実を隠蔽し、外用方法がガイドラインに従っていないという筋違いの批判をしている学会の批判を挙げ、問題の本質を隠そうとしている。インターネットで脱ステロイド(TSW: topical steroid withdrawal)を調べれば、非常にたくさんのステロイド離脱成功症例が世界中で発信されていることが分かる。記者がこの事実を調べもせずに書いたとするならば、「脱ステロイド批判」の妄信になるのではないか。事実を調べていないことはあり得ないと私は考える(もし調べていないとすれば記者失格になるであろう)。世界中での脱ステロイド成功例をみてこの記事を書いているのであるから、脱ステロイド治療の実績を隠すためにこの記事を書くことを引き受けたことになる。この記者はこの記事を書くのは嫌だっただろうと同情する。同情したくなる理由はいくつかの表現に厳しさが抜けていると感じられるからである。
ガイドラインの問題の中で最も大きい点は、ステロイドを長期に外用して難治化したアトピー性皮膚炎をステロイドに依存した副作用を合併したアトピー性皮膚炎であること、すなわちステロイド依存症とアトピー性皮膚炎の二つの病気を持った病態であることを認めないことである。ガイドラインは、難治化したアトピー性皮膚炎は元々のアトピー性皮膚炎が重症化しただけと説明している。顔に長期間ステロイド外用をするとステロイド外用の副作用として酒さ様皮膚炎が起ることを認めている。酒さ様皮膚炎に対する治療はステロイドを止めることである。ステロイドを止めると激しいリバウンドが起き、これを乗り切る必要のあることが述べられている。では、首から足までの皮膚にステロイドを長期に外用すればステロイドを止めなければ治らない副作用が起ることは考えられないのか。顔以外の全身で起こる事を除外する根拠は示されていないし、この事の検討は排除されている。本記事を書いた記者も難治化アトピー性皮膚炎を二つの病気が合併したものであると考えていない表現を使用している。
脱ステロイド医師は、脱ステロイドはステロイド外用剤という薬の副作用を治すのでありアトピー性皮膚炎を治すものではないと常々言っているが、ガイドライン派は、脱ステロイドはアトピー治療だとねじ曲げて説明し、問題の本質をごまかそうとしている。この記事も同じ立場で書いており、ごまかしの手伝いをしていることになる。
2017年の論文で皮膚でもコルチゾール(副腎で作られるステロイドと同じもの)が産生されることが示された。この論文について学会は全く取り上げていない。皮膚でステロイドが産生されるなら、人工の外用ステロイドを皮膚に塗れば皮膚でのステロイド産生は抑制されると生化学的には考えられる。長期にステロイドを皮膚に外用していて皮疹が良くなったからといってステロイド外用を中止すると激しい離脱症状が出現する。外用したステロイドがなくなり皮膚のステロイド産生が戻らないために皮膚ではステロイド欠乏が起こる。そのため激しい炎症が起ることはうなずける推論である。ステロイドを止めると起る激しい症状は重症化したアトピー性皮膚炎をおさえきれないのではなく皮膚でのステロイド欠乏による炎症である。記者さんにはこの点について少し考えてもらいたい。学会にはこのようなことが起ることを証明する研究をしてもらいたいものです。
今回の記事で不可解なことが一つある。生物学的製剤の宣伝を全くしていないことである。最近、アトピー性皮膚炎に対する新しい治療薬として、生物学的製剤が多数出現した。この薬の宣伝のための講演会の案内で、次のような旨の講演者の言葉が入っていた。「これまで色々と問題のあったステロイドに変わって病気の原因を治療する生物学的製剤」が使用できるようになってきた、と。7月12日の毎日新聞朝刊の「きょうのセカンドオピニオン、孫のアトピー性皮膚炎治らない」という質問に対する大矢幸広先生の回答「薬の塗り方に誤りないか」にも生物学的製剤については全く触れられていない。生物学的製剤の必要性を述べるにはそれまでの治療では旨くいかない症例のあることを承認しなければならない。これが嫌で載せないのだと思われる。
外用ステロイドの使い方や指導が良ければ問題が起らないように書かれている。すなわち、プロアクティブ療法が出来るようになればいいと。実際はどうかというと、一日でも外用を中止すれば激しい離脱症状が出現し、滲出液があふれ、日常生活が何も出来なくなる人が多くいる。プロアクティブ治療を最初に提案した論文でも、間欠外用に入れない人々が存在し、この人々はプロアクティブ治療が出来なかったのである。また、プロアクティブ治療では、治療終了時期が決められない欠点がある。常に症状が出ないようにしているから薬で押さえているのか治っているのかの判定が出来ないからである。阪南中央病院を受診したあるアトピー患者が若い皮膚科医を受診したときに聞いたことですと言って教えてくれた内容は「アトピー性皮膚炎は一生治らないし、一生病院通いせんとあかんねー。どこへ行っても薬は一緒やで。ステロイド止めたいて、それには賛否両論あるけどうちではやってない。別の所へ行って。」とのことであった。若い皮膚科医の言葉は現場の実情を良く表している。
以上のように、ガイドラインに沿った治療をするようにすれば問題が解決するように書かれているが実際はそうではないことを説明した。
判断していただくために毎日新聞の記事の要約を以下に記す。
毎日新聞要約:
二つの症例をまず載せている。一例目は現在14歳の男子で、ステロイド以外の塗り薬、食事療法、クエン酸入り湯船に浸かるなどステロイドを使わない治療を3年続けたが良くならないため、標準治療をする病院で治療を開始し、良くなり、今も保湿剤は毎日塗っているが皮膚はいい状態だと。もう一例は、赤ちゃんの時から湿疹にステロイド外用を開始し、塗っては治まり、また湿疹が出ると塗る、を繰り返していた。そのうち塗っても治りにくい部分も出てきて、生後3か月で全身に拡大した。脱ステロイド治療を行っているクリニックを受診し外用を中止した。全身がまっ赤になった。数ヶ月良くならず、離乳食を始めると食物アレルギーのあることが分かった。これへの対応がお粗末に見えて、標準治療をする病院に入院し治療し、良くなった。このようなことが起こるのは、1990年代に社会で脱ステロイドが問題になった親世代が祖父母となり、孫の治療に意見をしたり、若い親がSNS等で脱ステロイドに傾倒している傾向のためだといえる。
1999年に厚生省(現厚生労働省)、2000年に日本皮膚科学会がアトピー性皮膚炎の治療ガイドラインを出した。しかし、90年代、一部のマスコミと医師がステロイドの危険性や脱ステロイドの有効性を発信したり、アトピービジネスが宣伝したために脱ステロイド患者が増えた。このような状態になる要因の一つとしてステロイドへの誤解がある。筋肉増強剤や内服ステロイドの副作用との混同である。ステロイドは湿疹の程度によってステロイドの強さを変えるなど、症状に合わせて適切に使用しないと治りにくいことがある。長期間の使用は注意が必要で、これを避けるために「プロアクティブ療法」が主流になってきている。
しかし、依然としてステロイド使用に否定的な情報発信は多い。21年9月に民放テレビでも行われた。適切な治療をしないと子どもの成長障害や命の危険すらある。低タンパク血症、成長障害、抑うつ等が報告されている。幼少期にしっかり治療し、思春期まで持ち込まないようにすることが重要という医師もいる。プロアクティブ療法を指導できる医療機関を増やす必要がある。医師側にも課題はある。使い方を明瞭に伝え、正しく使用するようにすべきである。
もっと簡単に要約すると次のようになる。ステロイドを使わずに治そうとしたが旨く行かずステロイドを使用する標準治療で良くなった症例と、ステロイドを使用し皮疹が拡大した赤ちゃんに脱ステロイドを行い危険になった赤ちゃんの例を示し、脱ステロイドは良くないことを説得しようとしている。患者の側で、外用ステロイドの副作用と内服ステロイドの副作用の誤解から外用ステロイドに理由のない恐怖を感じてステロイド外用を止めようとする傾向がある。また、脱ステ医師の宣伝やアトピービジネスの宣伝で惑わされ、厚生省や日本皮膚科学会の作った治療ガイドラインに従うことが阻害されている。最近ではこういう事態を避けるため、プロアクティブ療法が宣伝されている。外用ステロイドはその使用方法の指導が大切で、この療法の出来る医療機関が増えれば解決する。
イギリスのガーディアン紙の記事の見出しは、「私の外用ステロイド離脱:水は酸のように感じ、体は燃えるようで、蛇のように脱皮した(My topical steroid withdrawal: ‘Water felt like acid, my body was ablaze and I shed skin like a snake’)」(https://www.theguardian.com/lifeandstyle/2023/jul/03/my-topical-steroid-withdrawal-water-felt-like-acid-my-body-was-ablaze-and-i-shed-skin-like-a-snake)(全文はぜひGoogle翻訳などで日本語でお読みください。)でありその一部を紹介します。
ガーディアン紙からの抜粋:
「私(Abigail Lowe アビゲイル ローウィー)は子供の頃に重度の湿疹に悩まされていましたが、7歳になるまでにほぼ完全に消えました。 30歳ごろ、私は小さな斑点が再び現れ始めていることに気づきました。当時は仕事、人間関係、生活などストレスの多い時期でした。このように皮膚の状態が一進一退するのは珍しいことではありませんでしたが、それでも不安でした。 私はかかりつけ医に行き、低効力の局所ステロイドを処方されました。 発疹は一時的に消えましたが、必ず再発してしまいました」
「その後6年ほどで私の肌は悪化しました。 どんどん強力なステロイド外用剤を使うというスパイラルにはまってしまいました。 2019年までに、私は英国で入手可能な最高級の局所ステロイドであるクロベタゾールを体に塗りたくるようになり、繰り返し処方してもらうことができました。 それにもかかわらず、猛烈な赤い発疹が体中に広がり続け、私の顔は永久に真っ赤になりました。」
「1日24時間続くかゆみに悩まされ、ほとんど寝ていないのに目が覚めるとミミズ腫れだらけになっていました。 何かが深刻に間違っていると思い始めたのはこの頃でした。 皮膚科医から十分な説明を受けられず、私はインターネットに頼りました。 そのとき、私はレッドスキン症候群(RSSまたは局所ステロイド中毒)と局所ステロイド離脱(TSW)という、局所ステロイドの使用とその後の中止によって引き起こされる稀な症状を発見しました。 ソーシャルメディアでその用語を検索すると、世界中から私とよく似た何百もの顔が現れました。」
「昨年の7月にすべての薬をやめてから、皮膚の80%が徐々に改善してきました。 そして、私はもう保湿剤やクリームをまったく塗っていませんが、再発の脅威は常に潜んでおり、TSWの残留影響は常に存在しており、傷は皮膚をはるかに超えています。 私の人生のどの部分もその支配から逃れることはできず、終わりの日もなく、毎日が不確実性に包まれています。 私は、これまでの自分と、失った時間を悲しく思います。」
しかし、次の内容も記されている。(この行は佐藤)
「局所ステロイド離脱療法 (TSW) が実際に何を包含するかの定義は、依然として非常に曖昧です。 人によっては、離脱症状が初期状態よりも悪化する極端なリバウンド反応を引き起こし、数か月から数年にわたって広範囲にわたる身体症状が続くことがあります。 2021年の医薬品・ヘルスケア製品規制庁(MHRA)による報告を受けて、全ての外用ステロイドについてTSWのリスク(通常、皮膚の発赤、灼熱感、刺痛、激しいかゆみ、皮膚の剥離、またはにじみ出るただれ)に関するガイダンスが患者情報に含まれるようになりました。」
「医療専門家にとって、これはさまざまな可能性を網羅する用語です」と英国皮膚科学会のセリア・モス教授は言う。 「インターネットで見る極端な写真は、多くの皮膚科医が紅皮症(皮膚の極度の発赤)と認識するものです。 そのため、湿疹が再発しただけだと感じている人も多いと思います。 私の見解では、多くの人が自分は TSW であると考えているが、おそらく TSW ではないため、この点については多くの不確実性があります。」
「この曖昧さこそが、モス氏らがさらなる研究を推進している理由だ。 それがなければ、TSWの診断や治療に明確なルールはありません。 MHRA が発行したガイドラインを知っている一般医はほとんどいません。このガイドラインは、患者が局所ステロイドの使用を拒否した場合に、患者との激しい相談につながる可能性があります。また、皮膚科医は、一部の症状は湿疹の悪化によるものだと考えています。つまり、患者が TSW を疑う場合、多くの場合、話のまとまりようがない。」(Google翻訳で一部変更)
英国皮膚科学会は、TSWステロイド離脱症状を全面的に認めてはいないが、検討の必要性は認めているようである。どんどん検討を進めていただきたい。その際、ステロイドに影響されないアトピー性皮膚炎の皮疹とステロイド離脱症状等の違いについて鑑別診断に有用と考える鑑別項目を記す。
私が考える鑑別の項目:
ステロイドの効果が減弱すること(強い薬が必要になることや外用頻度を上げる必要があること)
皮疹改善で外用中止すると、直前の外用前より皮疹が拡大すること
アトピー性皮膚炎の好発部位以外に広範に皮疹が拡大すること
ステロイドを外用していない部位にも皮疹が拡大すること
好発部位特に肘窩や膝窩での苔癬化の不明瞭化
ステロイド中止後、症状の改善に伴って好発部位の皮疹が目立ってくる
皮疹は湿潤傾向が強いこと
限局的な苔癬化の場合辺縁の隆起はなだらか
実験的には、ステロイド外用中は表皮にコルチゾールの非存在を示し、ステロイド外用中止後表皮にコルチゾール産生が徐々に戻ってくることを示すことが出来ればいい。
ほとんどの皮膚科医はステロイドで悪化したアトピー性皮膚炎患者しか見たことがないので、ここで記す内容の評価が出来ない状態にあることも考慮する必要があるだろ
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